【Talk with Owners vol.12】”今だから笑える” あの頃の夏の思い出

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【Talk with Owners vol.12】”今だから笑える” あの頃の夏の思い出

みなさん、こんにちは!ZOJIRUSHIオーナーサービス事務局のゆっきーと申します。
お盆や夏休みのシーズン、実家に帰省されたり、昔の写真を見返したりして、懐かしい記憶がよみがえることはありませんか?

私が思い出したのは、いい大人になってから、みんなで線香花火をしようとウキウキで河原に集まったものの、誰もライターを持ってきていないことに現地で気づいた話です…。
家に戻るには遠すぎたので、どうしても諦めきれなかった私たちは、意地で火をつけた「てい」でエア花火大会を開催。「わあ、きれいだねー!」「あ!〇〇ちゃんの玉落ちちゃった!」とお互い言い合いながら、いい大人たちが本気で盛り上がったあの夏のシュールな光景は、今思い出してもじわじわ笑えてきます(笑)。

さて、今回のTalk with Ownersは「今だから笑える、あの頃の夏の思い出」をテーマに、皆さまからお声を募集しました。
今回は、3,810件ものエピソードが寄せられました!本当にありがとうございます!
ちょっと大変だったり当時は青ざめたりしたけれど、今振り返るとクスッと笑えるハプニングや苦労話ばかり。皆さまから届いた温かい記憶のおすそ分けに、読んでいてとてもほっこりしました。

お寄せいただいた回答を読ませていただくと、大きく分けて3つのドタバタ劇が繰り広げられていました。

その1:【味覚と胃袋の試練】喉と胃袋をめぐるドタバタ劇
その2:【全力すぎる夏休み】子どもたちのアウトドア大作戦
その3:【あの頃の不便と、愛おしい記憶】昭和・平成の汗だく群像劇

さっそく、そんなたくさんのお声の中からエピソードをたっぷりとご紹介していきますね♪

その1:【味覚と胃袋の試練】喉と胃袋をめぐるドタバタ劇

美味しいものを食べる機会が増える夏ですが、暑さや油断が招く食卓のハプニングも盛りだくさんでした!
喉の渇きや満腹感とたたかいながら乗り切った、食の思い出が集まっています。

衝撃の塩気!麦茶だと思ったら…

この「麦茶と間違えて違うものを飲んでしまった」というお話、今回のアンケートで本当に多くのお声が届いた大人気エピソードでした!

小学生か中学生の時の夏休み。喉をカラカラにして家に帰ってきて、冷蔵庫を開けて麦茶をがぶ飲みしました。
いつもと違う味、喉がスッキリもしない、しょっぱさ。
それは仕事に行っている母が昼ごはんにと作ってくれたそうめんのつゆでした。
帰ってきたら母にはなしたら、見たらわかるでしょと言われましたが、色が全く一緒でわかるかい!

夏のある日、学校から帰ってきて、暑くて麦茶を飲みたくて冷蔵庫を開けてちょっと濃そうな麦茶を発見。コップに注いで一気に飲み干したらなんか変。親が初めてドクダミを乾燥させて作ったドクダミ茶だった。めちゃくちゃ不味くて(子どもの舌では不味すぎだった)キツかった。いまだにドクダミ茶は苦手で飲めません。

子供の頃、喉が渇いて、冷蔵庫の中の麦茶を飲んだら、手作りのめんつゆだった事

喉がヒリヒリするほどの麺つゆの塩気は想像するだけで喉が渇くような気がしますし、子ども時代のドクダミ茶の強烈なショックも忘れられないですよね。同じような透明ボトルで冷やしていた、当時の懐かしい暮らしの工夫が目に浮かびます♪

他にもお寄せいただいたなかには、出汁パックの煮汁、濃縮甘酢、さらには天ぷら油やコーヒーの出汁割りまで、色々なトラップが冷蔵庫に潜んでいたようです(笑)。

夏の相棒!水筒にまつわる悲喜こもごも

汗をかく夏の外出には欠かせない水筒ですが、毎日使うマストアイテムだからこそ、うっかりトラブルも起こりがちですよね。

子どもの頃の夏、お出かけには必ず水筒を持っていました。でも遊ぶのに夢中で「あとで飲もう」と大事にしていたら、お昼にはお茶がぬるくなっていて、一口飲んでは「うーん…」と微妙な顔をしていたのも夏の恒例でした。
今では保冷性のいい水筒を使うようになって、あの頃のような「ぬるいお茶問題」はほとんどなくなりました。技術の進歩ってすごいなあと感じるたび、あの夏を思い出します。
当時はちょっと残念な出来事でしたが、今では「あの頃はそれでも最後まで飲んでたよね」と家族で笑える、夏ならではの思い出です。

小学生の頃(1975年くらい)に遠足に水筒を持っていきました。水筒を地面に落としてしまい、ふたを開けると中はメキメキの破片で一杯で怖くて飲めませんでした。昔の水筒は中がガラスだったんでしょうか、いまでも謎です。

子供たちがまだ小学生だった頃の話です。長期連休に入り家族全員でお出かけしたのですが、目的地に着く前にカバンの中がビショ濡れに。水筒のパッキンを外して漂白していたのを忘れていたのでした。
仕方なく途中で引き返し、お茶色が付いた服を漂白する羽目になりました。
慌てて準備すると良くないですね。

ぬるいお茶を飲んだ瞬間のあの渋い顔、私も覚えがあります!昔のガラス製魔法瓶が割れてしまった時の衝撃たるや…。さらに旅先でのパッキンつけ忘れによる大洪水なんて、当時は本当に冷や汗ものですよね。

今では象印のシームレスせんのようにパッキンとせんが一体になったお手入れ簡単な水筒や、朝の冷たさが夕方までしっかり続く保冷力の高いステンレスボトルなど選択肢が広がってきました。
こうした悲劇を未然に防げる現代の製品進化に、メーカーの中の人としてもありがたみを感じてしまいます!

冷やしたはずが…?スイカの大騒動

夏のごちそうの代表格といえばスイカ!大きな一玉を冷やして美味しく食べようとする情熱が、思わぬドラマを生んでいました。

昔、氷を入れて冷やすタイプの冷蔵庫に沸かしたばかりの麦茶を入れて冷やしたら氷が溶けて中に入れていたスイカがあったまり、母親に沸かしたばかりのものをいれたら駄目だと酷く怒られた。今、考えたら沸かした麦茶をまずは、ヤカンを水に入れてある程度、冷ましてから冷蔵庫に入れないと駄目なことは少し考えればわかるのにね。

おじいちゃんが浴槽にためた水でスイカを冷やしていたのを知らずに、お風呂を沸かしてしまった。親が気づいてあわててスイカを取り出し、カットして冷蔵庫へ。大きなスイカをまるごと1個買うこともなくなったなぁ

小学生の時、母から頼まれて近所の果物屋さんへスイカを買って帰る途中、家の10m位手前で落としてしまいました。
近所の犬が喜んで食べていました。

沸かしたての麦茶と一緒に冷やして、せっかくのスイカが温まってしまったお話は、氷式の冷蔵庫時代ならではの失敗談でどこか微笑ましいですね。お風呂の追い焚きで「温かいスイカ」になってしまったお話も、お風呂の蓋を開けた瞬間のご家族の顔を想像して爆笑してしまいました!
一生懸命運んできたスイカを家の直前で割ってしまうのも切なすぎますが、ワンちゃんが喜んでくれたなら救われますね。
ちなみに、中には「スイカ割りで地球を叩いて棒が折れた」という豪快な方もいらっしゃいました!

夏のごはんといえば!そうめんパニック

暑くて食欲がない日でもスッと食べられるそうめんですが、茹でる側の熱気と「量の調整」には数々のドラマが隠されていました。

お腹を空かせた孫たちのために「とにかくお腹いっぱいにさせてあげよう!」と、コンロの前で汗だくになりながら、これでもかとそうめんを大量に茹でました。
大きなお皿にドカンと盛り付けて食卓に出した瞬間は孫たちも大喜び!…だったのですが、あまりの量の多さに、食べているうちにそうめんが水分を吸ってどんどん膨らみ…。
最終的には、いくら食べても減らないそうめんを前に、家族全員で無言で押し付け合いが始まりました。

まだ若かりし頃、夏場の暑い台所でそうめんを茹でようとしていた時、急に頭の中が真っ白になって、いつもはどのくらいの量を茹でているのかをなぜか思い出せなくなり、5束で十分なところを5袋(1袋に5束入り)を湯の中に投入してしまい、大変な目にあいました。
子育て真っ最中で寝不足がたたっていたのかもしれませんが、今でも謎の事件です。

家族で集まった時に、暑いのでそうめんを茹でてざるに移そうとした時に、熱々なので手を滑らしざるではなく、流し台の中に全部流してしまいました。
またやり直しになってしまいました。
家族がまさに流しそうめんだと大笑い!
私は笑い事ではありませんでした。汗だくだくです。

熱気あふれるキッチンでグラグラ沸騰する鍋と向き合うだけでも大変なのに、水分を吸って無限に増殖するそうめんと格闘したり、かさの計算ミスで大量投入してしまったり。思わず頷いてしまいました。
流し台にぶちまけてしまった時の絶望感だって、灼熱の台所に立ち続けてくれたからこそ起きたハプニングですよね。
猛暑の中で家族のために火の前に立ってくださる皆さま、本当にお疲れ様です!そしていつもありがとうございます!私も積極的に頑張ります!

その2:【全力すぎる夏休み】子どもたちのアウトドア大作戦

太陽の下で汗だくになって遊んだ子ども時代。今の大人から見れば不条理なことも、当時の子どもたちにとっては全力真剣な大冒険でした。

純粋すぎる!「きっと〇〇になる!」の可愛い勘違い

子どもの頃、「スイカの種を飲み込むとお腹の中でスイカが育つよ!」と言われ、本気で信じていました🍉
「早く育っちゃうかも!」と焦っていたのに、なぜか「オロナミンCを飲めば元気ハツラツだから、スイカも元気に育っちゃう!」と思い込み、追いオロナミンCまでしていました(笑)。
当時は本気で心配していたけれど、今では家族みんなで笑える夏の思い出です。

子どものころ、「練乳を冷凍したら、きっとミルクキャンディになる!」と名案を思いつき、意気揚々と冷凍庫へ。
「もう固まったかな?」と何度ものぞいては指でツンツン。
でも待てど暮らせど、練乳はトロ〜リしたまま。「なんで?」と首をかしげながら、結局スプーンですくって食べました。

冷蔵庫の生卵を温めると、ひよこになると思いこんでいました。そんなことないとはいえ、思い込んでやっていたあの頃が懐かしい!

お腹の中でスイカが育つ恐怖に怯えながら、さらに栄養ドリンクで元気を与えてしまう展開が可愛らしすぎて、思わず頬が緩んでしまいます。練乳をそのまま凍らせるミルクキャンディ作戦も、誰もが一度は夢見る夢の実験ですよね。
そして、冷蔵庫の卵からひよこを孵そうとするチャレンジ精神にも、微笑ましくて笑ってしまいました。
子どもの頃の真っ直ぐな探求心に触れて、本当に優しい気持ちになれました♪

海やプールで大あわて!夏の思わぬ水難(?)事件

夏休みに家族旅行で海水浴に行った時の話。
長時間の運転を夫と交代でしながらやっとホテルに着き、幼稚園児は海を目にしてワックワク。それなのに荷物を探ると水着が無い。タオルも浮き輪も着替えもあるのに水着だけ無い!どうやら家の玄関に置き忘れてきた模様…?サーっと血の気が引きました。

大人用はレンタルも購入も選択肢があるけど小さい子用が無い!
かけずり回った焦燥感と、更に遠方のお店で手に入れた時の安堵感が忘れられません。

海に入れないの?と涙目になりながらも
「大丈夫だよ、お母さん」
と励ましてくれた子の優しさには救われました。
現在は反抗期を迎えつつありますが、このエピソードを思い出すと温かな気持ちがよみがえってきます。

高校の時お盆に友達と泊まりで海水浴に行った時、共同のお風呂にメガネをしないで入ったところ全然見えないので脱衣所の友達に近づくと知らない女の子達で慌てて部屋に帰った。それからは、メガネをしたまま湯船に浸るようになった。

流れるプールで家族とはぐれ、ずーっと何周も流されていたら、放送で自分の名前が呼び出されていた。

現地に着いて水着がないことに気づいた瞬間の血の気が引く感覚…、焦りが伝わってきます!ほかにも「着替えを入れたカバンを丸ごと玄関に忘れた」というお声は複数いただきました!
メガネなしで知らない人に近づいてしまう失敗には思わず笑ってしまいますし(その後も対策し続けているのですね…!)、流れるプールで無限周回するお子さんの姿を想像すると、ご家族は大変だったことでしょうけれど今だからこそ笑って話せる思い出だなぁと感じます。

怪我にはご注意!全力すぎる夏のチャレンジャー

20年以上前の夏休みの話ですが、私と兄が小学生の頃、親にドッキリ(?)を仕掛けようとして、玄関に靴を残したままコッソリ裸足で家を出ました。
アスファルトが歩けないほど熱く、何故かマンホールは冷たかったので、次のマンホールを目指してダッシュで進んでいました。
飽きたので家に帰ると、親はそもそも私たちがいないことにも気がついておらず「あら、2人で遊びにいってたの?」と思っていたようなリアクションは得られませんでした。
残ったのは、足の裏全体の水ぶくれと激痛だけで、おバカなことしたな〜と今でも思い出します。
(自分も子供を持って気がつきましたが、神隠しドッキリは心臓に良くないので、絶対にやってはダメです!!!)
ちょっぴりほろ苦い夏の思い出でした笑

2011年、夏:庭先「デス・ウォータースライダー」事件

あれは中学2年の夏休み。
海外のYouTube動画で見た「自作ウォータースライダー(Slip ‘N Slide)」に憧れた私たちは、どうしてもあれを自宅の庭で再現したくなりました。
少し傾斜のある我が家の裏庭を舞台に、私たちは壮大なプロジェクトを開始したのです。

【準備したもの】
ホームセンターで買った一番安いブルーシート(3m×10m)
家庭用の散水ホース
潤滑剤代わりの台所用洗剤(除菌ジョイ・緑茶の香り)

完璧な計画と、致命的な誤算
ブルーシートを敷き詰め、ホースで水を流し、洗剤をこれでもかとぶち撒けました。
泡立ち、輝くブルーの滑走路。
「これ、ハワイじゃん!」と大興奮の私たちは、助走をつけてダイブしました。
しかし、私たちは2つの致命的な事実を失念していたのです。

  1. 裏庭の地面は、芝生ではなく「小石混じりの固い土」だったこと。
  2. スライダーの終着点のすぐ先には、隣の田中さんちの頑丈な生垣(トゲのあるタイプの木)があること。

悲劇のカウントダウン
滑り降りた瞬間、全員がほぼ同時に「痛っっっっっ!!!」と叫びました。
摩擦を減らすための洗剤は一瞬で剥がれ、ブルーシート越しにゴツゴツした小石がダイレクトに背中とお尻をローリングアタック。
さらに、想像以上の加速力により、ブレーキが全く効きません。
私はそのまま「除菌ジョイ」の泡まみれの状態で、隣の田中さんちの生垣へと頭から突っ込んでいきました。

【当時の被害状況】
私: 全身から緑茶の香りを漂わせながら、生垣に挟まって身動きが取れなくなる。
友人A: お尻の皮がすりむけ、数日間まともに椅子に座れなくなる。
庭の芝生(だった場所): 大量の洗剤により、翌週すべて茶色く枯れる(親に激怒される)。

今だから笑えること。
翌日、全身傷だらけで、しかも汗をかくたびに体からほんのり「緑茶の泡」が吹き出るという奇妙な体質になった私は、部活の先輩から「お前、なんか除菌されてね?」と不思議がられました。
あの夏、私たちは「摩擦力」と「隣家との境界線の重要性」を身をもって学びました。
今でも実家の裏庭を見るたびに、ほんのりと柑橘系と緑茶の香りが鼻腔をくすぐるような気がします。

熱々の路面を避けて冷たいマンホールを飛び石のように進む決死のダッシュや、洗剤で自作した恐怖のスライダーで生垣に突っ込むエピソードは、思わず「無事でよかった!!」と胸を撫で下ろしました!
どちらも大作のエピソードで、きっと当時は真剣なチャレンジだったのでしょう。子どものチャレンジはいつだって全力です!
一方で、今こうして笑って話せるから良いものの、振り返ると本当に大ケガに繋がりかねないチャレンジですので、皆さまのお子様やご家族はくれぐれも真似しないでくださいね!安全第一です!

夏の勲章?失敗だらけの日焼けエピソード

子供の頃いつも力いっぱい外遊びをしていたわたし。その頃には日焼け止めを塗るという習慣がなかったので全身小麦色に!しかし、目を瞑るとまぶたの上だけ白いのです笑
瞬きも忘れるくらい遊びに熱中していたのかも…

福島県には猪苗代湖があり、わが家では昔から夏になると、湖水浴やBBQ、キャンプを楽しむのが恒例でした。
夢中になって灼熱の太陽の下で一日中遊ぶので、帰る頃には日焼けで肌がヒリヒリ。Tシャツを着るのも痛く、数日間はシャワーさえ苦痛だったことを今でも覚えています。
そんな無鉄砲に遊んでいた私も30代になり、今では子どもの父親です。昨年も恒例の猪苗代湖へ出かけました。
「もうあんな日焼けはしないぞ」と思っていたのに、結局は子どもと一緒に一日中遊び回り、親子そろって日焼けでヒリヒリ……。
昔も今も、夏の終わりは日焼けとの戦いです(笑)。

高校野球で球場へ応援に行った時、日差しが強く野球帽をかぶって一日過ごしたら、帰ってきておでこより上だけ日焼けしていなくて、頭がツートンカラーになってしまって恥ずかしかった。

まぶただけが白く残る見事な逆パンダ顔は、思い切り夏を楽しんだ証拠ですね!
大人になって「二度と同じ過ちは犯さない」と誓ったはずなのに、子どもと一緒に夢中になって結局同じように肌を真っ赤にして帰ってくるお父さんの姿には、親から子へ受け継がれる夏の熱量を感じてほっこりしました。
そして、野球帽の跡がくっきり残ったツートンカラーの頭!帽子のおかげで直射日光は防げたものの、外した時のギャップに焦るお気持ち、とてもよくわかります。日焼け対策は永遠の課題です…!

その3:【あの頃の不便と、愛おしい記憶】昭和・平成の汗だく群像劇

家電も設備も今ほど整っていなかった時代。不便だから工夫し、不便だからこそ家族やご近所との距離が近かった、懐かしい昭和・平成の風景をご紹介します。

扇風機争奪戦に冷蔵庫の冷気!あの頃のたくましい暑さ対策

昔は今みたいにクーラーがなく、扇風機のみの生活で
兄妹で一つの扇風機を、取り合ってよく喧嘩してたことをおもいだします。
父が帰宅したら父のものになっていたので喧嘩になりませんが。

暑い日は冷蔵庫を開けて涼んでいた。
今だと冷蔵庫に怒られますよね。

まだすべての部屋にエアコンがついていなかったあの頃。子供部屋の二段ベッドに父と兄。同じ部屋の床に母と弟。
ギリギリ布団を敷いて、エアコンの電気代を節約してました。

エアコンなしで夏を乗り切っていた頃のお話を読むと、皆さまが色んな工夫を凝らしてたくましく過ごされていたんだなと心から驚かされます!
扇風機の特等席をめぐる熱き戦い、ご兄弟がいらっしゃるご家庭ならではの風景ですね。
冷蔵庫を冷房のように使ってしまったエピソードは、当時はきっと発見だったことでしょう。涼みたくなる気持ちは存分に分かります!
涼しい部屋に一家が固まって寝ていたのは窮屈だったかもしれませんが、なんだか微笑ましいですね。

冷房があってもやっぱり格闘

父の転勤で、借家暮らしをしていた小学生のころ。エアコンなんか、まだ一般家庭には珍しい時代に、父が窓用クーラーを買ってきて、付けてくれました。
ところが、借家の悲しさで、電気の契約が極小で、エアコンをつけると、他の電化製品が全く使えませんでした。テレビをつけてもブレーカーが落ちて、夜、真っ暗な中で、そーっとクーラーを使ってました。

子供がまだ小さかった頃、
エアコンのリモコンボタンを
押してくれたのですが
「暖房」を押したのに気付かず
「今日は暑いね〜!エアコン壊れてる?」
と、しばらく暑いまま過ごしていました
もう少し温度下がる?と、
リモコンを見て初めて暖房になっていた
ことに気付き、大爆笑でした!

暑い夏エアコンを我慢し、窓開けてカーテン閉めて日中すごしてたのに、夕食支度時我慢出来ずエアコン付けて…食事済ませて片付けしつつあまり冷えないなぁ〜と温度下げて…寝る前カーテンがゆれて…
なんと窓がずっと全開でした!節約してたのに窓全開でエアコンしてたなんてーーー泣きたいっ!

ブレーカーが落ちないように真っ暗な部屋で息を潜めてクーラーの風を浴びるお姿から、当時の電化製品の貴重さがリアルに伝わってきます。
せっかく涼むつもりが暖房になっていて大汗をかくリモコンの罠には同情してしまいます。
さらに、窓全開で冷房をかけてしまう絶望感など、便利な機能なのに結果笑える失敗談に、私も全力でうなずいてしまいました。

8月31日の大騒動!夏休みの宿題パニック

8月31日の大騒動

小学校3年生の夏休み。私は出された宿題にほとんど手をつけないまま、毎日遊んで過ごしていました。

「まだ大丈夫」と思っているうちに、気がつけば8月31日。日記、工作、読書感想文、計算ドリルなど、手つかずの宿題が山のように残っていました。

そこからは家族総出の大騒動です。母には何日分もの日記を一緒に考えてもらい、おばさんには工作を手伝ってもらいました。読書感想文は、まず本を読むところから始め、夜遅くまで必死に原稿用紙と格闘しました。

何とか宿題を終え、翌朝学校へ向かったときの安心感は、今でも忘れられません。ただ、その経験がよほど強烈だったのか、大人になった今でも、ときどき「宿題を何もしていない」と夢の中で焦り、ドキドキして目を覚ますことがあります。

当時は必死でしたが、今では家族みんなを巻き込んだ、笑える夏の思い出です。

小学生の頃、夏休みに日記の宿題があった。
夏休みの宿題をやらず、遊んでばかりの毎日。
夏休みが終わる8月末に新聞で天気を確認しながら日記をまとめて書いた。

小学生の時の夏休みの自由研究で、何も思い浮かばなく、仕方なく家で飼っていた亀を題材にしようと思い立ち、毎日その日1日の亀の生活を記録しました。
結局亀なのでほとんど動かず、毎日『1日寝てました。ご飯は食べました』しか書くことがなかった事を40代になった今でも覚えています。
毎年夏になると母がその話をしていじってくる思い出です。

この「夏休みの宿題が終わらない問題」も、本当にたくさんのお声が届いた共通の苦い思い出です!ほかにも「観察日記の朝顔が途中で枯れてスーパーのミニトマトを描いた」話や、「工作をほぼお父さんに作ってもらったら出来が良すぎて金賞をとってしまった」という、冷や汗をかくような気まずいエピソードも寄せられていました(笑)。
夏休みの最終日に家族全員を巻き込んで宿題を片付ける大騒動、ご家族の必死な姿が目に浮かんで微笑ましい気持ちになりますね。
新聞をさかのぼりながら過去の天気を調べて日記の空欄を埋める作業は、まさに夏休み最後の風物詩と呼べそうです。
ほとんど動かない亀の「今日も1日寝てました」というシュールな観察日記には、ちょっと吹き出してしまいました!

当時の自分と、台所のお母さんへの労り・感謝

最後は、時が経ち、自分が親や大人になったからこそわかる、自分自身と家族への労りと感謝が伝わるエピソードです。

夏休みの昼食は、母は仕事の為、毎日おばあちゃんがそうめんをゆでてくれて、つゆは愛情たっぷりの手作り!
でも、そのつゆが毎回なかなかの濃さ。
子どもながらに「残したらおばあちゃん悲しむ・・」と思って、毎日しっかり完食。
友達の家はミートソースやオムライス、おしゃれなお昼ごはん!!
「いいな・・」って本気でうらやましかった。
でも大人になった今思うと、
暑い中、毎日そうめんをゆでて、手作りのつゆまで用意してくれていたおばあちゃん。
あれって、最高の愛情だったんだなぁ・・
今でもそうめんを食べると、
あの”ちょっと濃いめ”のつゆと、おばあちゃんとの夏休みを思い出します!

中学の夏休み、お昼ごはんはおばぁちゃんの家でした。オムライスが初めて出て美味しかったと伝えたら翌日からまさかの二週間オムライス生活に、、、
当時はさすがに飽きたとも言い出せず苦しかったけど、今では夏の思い出鉄板ネタです

小学生のとき、半ドンの土曜日のことです。母は仕事で不在のため、エアコンもない台所で、汗だくになりながらコンロの鍋のチャーハンを炒めていた私を小学生ながら自分のご飯を作ってえらいねと、労わりたいです。

子どもの頃の夏休みといえば、毎日のように外で遊び、汗びっしょりになって家へ帰っていました。
そんな私の楽しみは、冷蔵庫でキンキンに冷えた麦茶。
「生き返る〜!」と勢いよく飲むのですが、最後の一杯を飲み干しても、新しい麦茶を作らず、そのまま空っぽの容器を冷蔵庫へ戻していました。
当然、あとで母から、
「誰が全部飲んだの! 飲んだ人が作りなさい!」
と怒られます。
暑い夏、家族みんなが飲む麦茶を毎日沸かして、冷まして、冷蔵庫に入れてくれていた母。冷たい麦茶が当たり前に出てくる夏休みは、実は当たり前ではなかったんですね。
今なら、あの頃の母に「毎日ありがとう」と言いたいです。そして、空っぽの容器をそっと冷蔵庫に戻していた少年時代の自分には——
「せめて麦茶くらい作れよ!」
と笑って言ってやりたいです。

おばあちゃんが毎日作ってくれた少し濃いめの手作りつゆ。良かれと思って二週間連続でオムライスを作ってくれたお話。大人になったからこそわかる最高の愛情に、胸がいっぱいになります。猛暑の台所で自分のごはんを作っていた健気な自分をねぎらうお気持ち。毎日減り続ける麦茶を絶やさずに作り続けてくれたお母さんへの感謝。
どれも、今だからこそ深く身にしみるエピソードばかりですね。
ほかにも「暑いキッチンで大汗をかきながら天ぷらや唐揚げを山ほど揚げてくれたお母さん」への感謝や、「毎日子どもたちの水筒を満たして洗ってくれた親への感謝」のお声も届いていました。
あの頃暑いなかで、毎日必死で家族を支えてくれたお母さんやおばあちゃん、そして毎日を全力で生き抜いていた当時の自分自身に、大きな拍手を送りたくなります。


今回は、皆さまの夏の思い出をたっぷりとお届けしましたが、いかがでしたか? 失敗やドタバタなハプニングも、一生懸命だったからこそ、時間が経てば愛おしい記憶に変わるものですね。

今年の夏も無理をせず、便利なアイテムたちを上手に頼りながら、あとから笑って振り返ることができるような温かい夏の思い出を作っていきましょう!

最後までご覧いただき、ありがとうございました。
それでは、次回の「Talk with Owners」でお会いしましょう!